The Little Girl at the Window

お〜すごい、ひとつ前の記事がなんと2月

日々の生活で考えたこと、想ったことが
歌詞になったり、曲のメロディーになったり、絵になったりしていて
ゆっくりとただ単にブログに文字を綴るということが最近少なくなりました

でも、今日はなんだか書きたい気分


わたしが自分の名前の由来を人に話すときに
もし相手がその画家の名前を知らなかったときは
必ず「あの、トットちゃんの絵のひとだよ」と言います

それだけ、いわさきちひろさんの絵はトットちゃんで
トットちゃんはいわさきちひろさん無しでは語れません

本を読んだ方も多いかとは思いますが、あの数々の挿絵は
実はちひろさんが亡くなった後に黒柳徹子さんが作品集の中から選んだもの

もともと本のために描かれた絵は一枚もありません

わたしはそのことにとても驚きました

だって、本当にそっくりそのまま、
トットちゃんのために描かれたような絵ばかりなんです

徹子さんはそのことについて、

それだけいろいろな、たくさんのこどもを描いていたんでしょうね
まるでわたしのこどもみたい、わたしのお姉ちゃんみたい、弟みたい
学校で仲良しだったあのこみたい、大好きだったあいつみたい、
そんな親しみやあたたかさを誰にでも感じられるこどもを描いていた

というようなことをおっしゃっています



数日前に訪れたちひろ美術館は、ちょうど「窓際のトットちゃん展」の真っ最中

今回はいつも感じるちひろさんの「生」みたいなものが良い意味であまり強くなく
逆に彼女の絵の中のこどもがとても強くて優しい力を放っていたように思いました

そのせいか、だいたいひとりで絵に没頭してしまうわたしが
館内のこどもたちの存在を気にしていることに気づきました

絵の前に立って、描かれているこどもと同じポーズをとるおんなのこ
ソファに座ってお母さんと一緒に絵本を読んでいるおとこのこ
床に座り込んで眠そうにしてるこ(というか寝てるこ
階段をかけおりてカフェにいるお父さんに抱きついていくこ
中庭でシャボン玉を追いかけてるこ
一生懸命シフォンケーキをほおばってるこ

まるで絵から飛び出してきたみたいなこばっかりで

そのときに、ちひろさんすごい、って思いました(笑


あんなにふんわりとした、いわゆるリアルな描写ではないのに
自分のいま実際に見ている景色と重ね合わせることができる
自分の景色が、いわさきちひろさんの絵として見える

お花も、ちょうちょうも、空のいろも、こどもの表情も、動きも

そんなパワーがあることに今更気づいたという感じで驚きました
ほんと今更!


今回展示されていた作品の横には、それぞれの絵に対する徹子さんの思いが
書かれてたりして、二人の女性の感性が向かい合ってる感じがとても素敵でした


ちひろさんは、一番左の子を描きながら
「あ〜、このこもうだめだわ、落ちちゃう」って言ったそうです(笑

徹子さんも書いていた通り、確かにもう上には上がれないという感じで
後ろ向きなのに、このこの「う〜〜!」っていう苦しい顔が想像できてしまう




「窓際のトットちゃん」が舞台になっているトモエ学園では
お弁当は《山のもの》と《海のもの》を必ず入れるのが約束だったそうで
みんなで、指をさしながらどれがどっちか話し合ったりしたそうです

ちひろさんは知らないはずだけど、そんな会話をしているように見える





トモエ学園の授業はとても自由
やりたい科目から好きな順にやっていいよ、というシステム

障害を持った子もいたそうですが、トモエの創設者、小林宗作さんは
助けてあげなさい、とは一度も口にせず
「みんないっしょだよ」と常にこどもたちに教えていたそうです


この、みんないっしょだよ、っていうことが大人もきちんと意識できたら
どれだけみんなと色んな事を共有できるだろう
どれだけ平和があたりまえになるだろう
どれだけ美しいものを生み出せるだろう

どの国のこもちひろさんの絵のなかにいて、どのこもとてもとても可愛い

そんなことを教えてくれた展示でした

すごく素敵な展示でした





*****


黒柳徹子さんは、ちひろさんの絵について
ちひろさんの絵を見たら、誰も戦争なんてしたくなくなるはず、
とおっしゃっています

わたしも本当にそうだと思います
大人に見てほしいなあと思います

今日ほどそれを願ったことはないかもしれません


-ちひろ美術館-
http://www.chihiro.jp

絵本になった!『窓際のトットちゃん』展
2015年3月1日〜5月24日


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